建物明渡請求の流れ

全体の流れ

建物の賃借人が家賃を滞納した場合、多くのオーナー様は建物の明渡しを希望されると推察しますが、賃借人が任意に明渡しをしない時にこれを実現するためには何段階もの手続を重ねる必要があります。

以下では、建物明渡請求事件の全体像を把握していただくために、建物明渡請求の流れを簡単に説明いたします。

賃借人による家賃滞納

①賃貸借契約を解除する内容証明の発送

②賃借人に対する建物明渡請求訴訟の提起

③建物明渡請求を認容する判決の確定

④建物明渡執行の申立(民事執行)

⑤執行官による明渡しの催告の実施

⑥明渡しの断行



賃貸借契約を解除する内容証明の補足説明

解除の意思表示の必要性

賃借人が家賃を滞納しても、賃貸借契約が自動的に消滅するわけではありません。

賃貸借契約を消滅させるためには、オーナー様から賃貸借契約解除の意思表示をする必要があります。

内容証明を利用する理由

解除の意思表示は、理屈上は口頭でも可能ですが、裁判になったときの証拠を残すために、通常は配達証明付内容証明郵便を利用します。

催告の必要性

家賃滞納を理由とする賃貸借契約の解除は民法第541条の解除であると考えられています。

従って、解除の内容証明を出す際は、相当の期間内に賃料を支払うよう催告をした上で解除の意思表示をする必要があります。

何ヶ月の滞納で解除が認められるか?

何ヶ月分の賃料を滞納すれば解除が認められるのかについて絶対的な基準はありませんが、建物の賃貸借契約に関しては3ヶ月分の家賃滞納があれば解除の効力が認められやすいと言われています。

建物明渡請求訴訟の提起と判決の補足説明

明渡の対象となる不動産の特定

不動産の明渡請求訴訟を提起する際に注意が必要なのは、判決を出す裁判官と強制執行を担当する執行官が別人であるということです。

訴状の中で対象不動産を十分に特定できていない場合、判決書を見た執行官が「どの不動産のことか分からない」という理由で強制執行をしてくれない可能性があります。

明渡しを求める物件が一軒家のときは、建物のみならず土地の明渡しもセットで求めるべき場合があり、注意が必要です。

連帯保証人への請求

建物明渡請求訴訟を提起する際は、滞納した家賃請求も行うのが通常です。その際、賃貸借契約に連帯保証人がついていれば、連帯保証人に対しても訴えを提起することとなります。

賃貸借契約で賃借人の債務を保証することは、民法第465条の2の1項の「個人根保証契約」に該当すると考えられています。

従って、改正民法が施行された令和2年4月1日以降に賃貸借契約を締結し、保証人と契約をするときは、極度額を定める必要があります(民法第465条の2の1項)。

保証人と契約をする際に極度額を定めなかったときは、保証契約が効力を生じません(民法第465条の2の2項)。

判決が出るまでの期間

家賃滞納を理由とする建物明渡請求訴訟では、訴状提出から2,3ヶ月で判決が出ることもありますが、送達の状況や賃借人の主張次第でより長期化することもあります。

建物明渡執行の申立の補足説明

建物明渡執行に必要な書類

建物明渡執行の申立をする際は、民事執行申立書の他に、①執行力のある債務名義の正本と、②債務名義の送達証明書を提出する必要があります(厳密には、法人の資格証明書などの他の添付書類が必要な場合がありますが、ここでは詳細な記述は省きます。)。

執行力のある債務名義の正本

上記のうち②③の「債務名義」は、基本的には訴訟で得た判決書を意味していますが、判決書をそのまま添付書類として提出しても強制執行は開始されません。

判決書を強制執行の添付書類とするためには、判決を出した裁判所に対し、執行文付与の申立という手続を行い、判決書の末尾に執行文と呼ばれる文言が記載された文書を添付してもらう必要があります。

要するに、判決書は、末尾に執行文が添付されることによって、「債務名義」から「執行力のある債務名義」になります。

債務名義の送達証明書

民事執行法第29条は、強制執行の開始要件として、債務名義が「あらかじめ、又は同時に、債務者に送達されたときに限り、開始することができる。」と定めています。

上記条文との関係で必要なものが債務名義の送達証明書であり、判決を出した裁判所に対し、送達証明申請書を提出することで発行してもらえます。

明渡しの催告の補足説明

明渡しの強制執行は執行官が行います

建物明渡しの強制執行は、執行官が賃借人の建物に対する占有を解いてオーナー様にその占有を取得させる方法により行われます(民事執行法第168条1項)。

この条文に出てくる執行官とは、各地方裁判所に所属し、裁判の執行などの事務を行う裁判所職員です(裁判所法第62条)。

明渡しの催告とは?

建物明渡執行の申立をしても、執行官がすぐに賃借人を建物から排除してくれることは通常ありません。

執行官は、建物明渡執行の申立があると、まずは賃貸物件を訪れて、賃借人に対し、1か月を経過する日を引渡し期限と定めた上で、建物を明け渡すよう催告します(民事執行法第168条の2の1項、2項)。この手続は明渡しの催告と呼ばれています。

執行官は、明渡しの催告をしたときは、①明渡しの催告をしたこと、②引渡し期限、③賃貸物件の占有の移転が禁止されていること、を公示書に記載し、賃貸物件に貼り付けます(民事執行法第168条の2の3項)。

引渡し期限と断行予定日

執行官は、明渡しの催告をする際に、引渡し期限とは別に、強制執行の実施予定日(明渡しの断行予定日)を定めます(民事執行規則第154条の2の2項)。

引渡し期限=当事者恒定効が及ぶ期間、断行予定日=強制執行を実施する日、を意味していますので、オーナー様にとって重要なのは断行予定日です。

明渡しの催告が行われるまでの期間

明渡しの催告は、やむを得ない事由がある場合を除き、強制執行の申立があった日から2週間以内の日に実施することとなっています(民事執行規則第154条の3の1項)。

明渡しの断行の補足説明

荷物の運び出し

執行官は、断行日にも賃貸物件を訪れ、執行補助者に建物内の動産を全て外に運び出させます。建物内の動産が全て運び出された後は建物の鍵を交換し、賃借人の建物に対する占有を解くことで明渡しが完了します。

目的外動産の意味

建物明渡しの強制執行の目的物は建物です。従って、建物の付合物にも従物にもあたらない動産(普通の家財道具)は、本来の強制執行の目的物ではないという意味で目的外動産と呼ばれています。

この目的外動産こそが、建物明渡しの強制執行の費用を高騰させる原因となっています。

目的外動産は賃借人らに引き渡すのが原則

執行官は、建物明渡しの強制執行の際に、建物から目的外動産を取り除く必要があります(民事執行法第168条5項前段)。

そして、建物から取り除いた目的外動産を、賃借人、同居の親族・使用人など相当のわきまえのあるものに引き渡す必要があります(民事執行法第168条5項前段)。

目的外動産を賃借人らに渡せなかった場合の処理方法

原則は保管後に売却

目的外動産を賃借人等に引渡することができなかった場合、執行官は、目的外動産を動産執行の例により売却することとなります(民事執行法第168条5項後段、民事執行規則第154条の2の1項)。

具体的には、執行官は目的外動産を一旦保管し、保管の日から1週間以上1ヶ月以内の日に目的外動産を売却します(民事執行規則第114条1項、第120条3項)。

執行官が目的外動産を無価値と判断した場合は、保管期間の経過後に廃棄するという処理がされることもあります。賃借人等は、執行官が保管をしている間は目的外動産を引き取ることができます。

目的外動産を建物から取り除く費用(梱包・運搬の人件費)、目的外動産を一定期間保管する費用(保管場所への運搬費と倉庫代等)、目的外動産を廃棄する費用は、事実上、オーナー様が支払う必要があります。

例外1(即時売却)

以下のいずれかに該当する場合、目的外動産をわざわざ保管することなく、断行日に即時に売却することができます。

①執行官が、明渡の催告時に、”断行予定日に賃借人等に引き渡せない目的外動産が生じたときは、強制執行の場所で売却する”という決定をした場合(民事執行規則第154条の2の2項)。

②執行官が、断行日に、賃借人に引き渡すことができなかった目的外動産について、”相当の期間内に目的外動産を賃借人等に引き渡すことができる見込みがない”と判断し、即時売却をすることとした場合(民事執行規則第154条の2の3項)。

例外2(近接日売却)

上記例外1(即時売却)の②の場合、執行官は、断行日から1週間以内の日に目的外動産を売却することもできます。

無価値物は保管せずにすむこともあります

執行官が無価値であると判断した目的外動産については、保管をせずに廃棄をしてくれる場合があります。

大阪地裁執行実務研究会(代表小佐田潔)編、不動産明渡・引渡事件の実務(平成21年、新日本法規)の418頁

動産執行の同時申立

建物明渡執行の申立を行う際は、賃料債権に基づいて動産執行の申立を同時に行うことがあります。動産執行の申立をすることにより、賃貸物件に宝石や骨董品等の高価品があった場合に賃料の一部を回収できるほか、動産執行の対象物については断行日当日の売却が可能となりえます。

もっとも、賃借人の衣服・家具などは差押禁止動産(民事執行法第131条)に該当するため、住宅の明渡の場合、ほとんどの動産が差押禁止動産に該当し、動産執行としての差押・売却ができません。

差押禁止動産も、目的外動産としての保管・売却はできると考えられていますので、執行官による保管後に売却されることとなります。

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